痛みのミカタ概要(評価) 目次
【痛みの評価】 患者さんが訴える様々な「痛い!」を評価分類(サブグループ化)することがテーマ
■新旧痛みの分類
・痛みの原因はどこ?
・生物医学モデル(Biomedical model)
・生物心理社会モデル(BPS model)
・従来の痛みの分類
・新しい痛みの分類
■臨床での【侵害受容性疼痛】
・炎症性疼痛
・運動器疼痛(筋膜性疼痛)
・ケーススタディ
・評価する際のポイント
■臨床での【神経障害性疼痛】
・痛みの現場は神経線維
・痛みの現場はシナプス間
・ケーススタディ
・評価する際のポイント
■臨床での【心理社会的疼痛】
・情動的な痛み
・Virtual low back pain
・脳-神経-筋肉の関係性
・ケーススタディ
・評価する際のポイント
■臨床での【中枢機能障害性疼痛】
・下行性疼痛抑制系
・脳内活動パターン
・ケーススタディ
・評価する際のポイント
■まとめ
前回の復習から
第1回目では『痛みの認知』というテーマでお話させて頂きました。痛みの認知とは「どのような【痛みメガネ】で痛みをみているのか」です。具体的には「痛みをどのように捉えているか」という事です。
整形外科ではまずは「画像診断」から目に見える構造異常を探します。これは外傷や内臓疾患などの損傷モデル(生物医学モデル)では有効な診断となりますが、損傷を伴わない慢性疼痛においては痛みの本質を知ることができません。
そして、病院では「ヘルニア」や「すべり症」などの構造異常が痛みの原因と捉えて、それに対して痛みの評価を行い、保存療法なり手術なりアプローチしていくわけです。一方で痛みをより多面的にみていこうというのが痛みのミカタの【コンセプト】です。
痛みの認知(ミカタ)が違うだけで評価・アプローチが異なってしまうからです。
痛みの多面性を理解する
1つの痛みの見方にこだわるのではなく、様々な視点から痛みをみるために前回は
①痛みの定義
②痛みの概念の変化
③痛みの3つの側面
についてご説明しました。
痛みの定義に関してのポイントは、怪我など組織損傷の時だけでなく、第三者が見て損傷が見つからなくても痛みを訴える人が言葉や表情で痛いと表現すれば、それは「痛み」であるということになります。
そして「痛みとは感覚的な痛みだけでなく、不快な情動体験である」ということです。
痛みの概念の変化としては、過去の痛みのミカタ(old view of pain)は一方的な侵害刺激の入力のみでしたが、新しい痛みのミカタ(new view of pain)では一方的な入力だけでなく、脊髄後角において痛みの調整(モジュレーション)があったり、感覚・情動・認知の3つの側面からの入力をもとに脳内で多面的に痛みを作り出しているわけです。
つまり「痛みは単なる侵害刺激の入力だけでなく脳内からの出力である」と言えます。
「the mature organism model(成熟生物モデル)」
痛みには3つの側面があります。どこがどれだけ痛いかという「感覚的側面」と痛みがどれだけ不快かという「情動的側面」とその痛みをどう認知、どう捉えているかという「認知的側面」があります。
痛みの原因はどこでしょうか?
この画像ではどこが痛みの原因でしょうか?画像診断上、骨折など明らかな構造異常が見つかれば痛みの発生場所がわかります。その場所から機械刺激や発痛物質による化学刺激により侵害受容器から活動電位が発生し、脳内に痛みの電気信号が入力されます。よって痛みの評価は侵害刺激が加わっている場所であり、そこが改善すれば痛みも消失すると考えられます。
そして「構造」自体が治療の対象であり、痛みを感じている「患者」と痛みとは直接的な関係はないという事になります。このような治療モデルを「生物医学モデル」と言います。
「侵害刺激がなくなれば痛みは改善する・・・?」
画像上、明らかな痛みの原因が見つかる一方で、手術などで構造異常を治療しても依然残る痛みやそもそも画像診断では異常がないにも関わらず痛みを訴える場合など、生物医学的治療モデルでは対応できない痛みも多いのです。
「構造に異常がなくても痛みを訴える患者もいる」
「痛みの定義」「概念の変化」「3つの側面」で理解したように痛みは1つの見方では捉えることができません。それは痛みは単なる侵害刺激の入力による脳内の認知だけでなく、痛み信号の感作(末梢・中枢性)による痛みの過敏化、脊髄後角における下行性の痛みの調整(モジュレーション)、患者さんご自身が痛みをどのように捉えているかという認知的側面(痛みに対する信念・価値観・過去の体験・恐怖不安・期待など)、痛みやストレス環境における心理・情動的な側面、社会的背景などの複雑な要因が痛みを装飾するのです。つまり生物医学的な痛覚としての痛みだけでなく、情動、認知により痛みの質に変化が起こるのです。
よって痛みの評価・アプローチも侵害刺激だけでなく、情動や認知など「心理・社会的」な要因も考慮して評価・アプローチしなくてはなりません。このような治療モデルを「生物・心理・社会的モデル(Biological psychology Social model )」と言います。
Biological psychology Social model -Ben Cormack
新旧痛みの分類について
■従来の痛みの分類■
従来の痛みの分類は上記の図のように【侵害受容性疼痛】【神経障害性疼痛】【心因性疼痛】の3つに分類されます。しかし近年「心因性疼痛」というキーワードはあまり使われなくなり、【非器質的疼痛】と記載されることが多くなりましたが、2018年に作成された『慢性疼痛治療ガイドライン』の中では心因性疼痛に変わり、【心理社会的疼痛】という名称に変更されたので今後は器質的な問題のない痛みの原因を心理社会的疼痛と評価されるようになるでしょう。
国際疼痛学会では2017年に「第3の痛みの分類」として『Nociplastic pain(侵害可塑性疼痛)』を定義しました。
「侵害受容性疼痛・神経障害性疼痛以外の痛み」
■新しい痛みの分類■
そして近年、心理・社会的疼痛を補完する形で、【中枢機能障害性疼痛】という新しい分類が注目されています。
中枢機能障害性疼痛についての詳細は第3回目の講座で詳しく説明します。
痛みの評価分類する際の注意点
「明確に境界線を引くことが出来ない」
今回の講座では実際にうみかぜカイロプラクティックに来院された患者のケーススタディをもとに侵害受容性疼痛・神経障害性疼痛・心理社会的疼痛・中枢機能障害性疼痛の4つの評価・分類の説明をしていきます。
痛みを評価・分類するにあたっての注意点としては、痛みは1つの側面で語るべきものではなく、痛みの分類も多くの場合、明確に1つに境界線を引くことは出来ず、グラデーション的に評価・分類することになります。
「同じような痛みでも様々な要因が重なり合っている」
臨床での【侵害受容性疼痛】
日常のほとんどの痛みの原因がこの侵害受容性疼痛で、いわゆる「警告信号」としての痛みです。例えば、荷物を持とうと腰を曲げた瞬間に『グキッ!!』となってしまった時の痛みで、その際に機械刺激が加わることでAδ繊維の侵害受容体がその刺激を受けて静止状態から脱分極を起こして、閾値を超えると活動電位が発生して興奮するわけです。
その活動電位が軸索を伝導して、脊髄後角に向かって、そこから外側脊髄視床路を経由して脳に伝わって、『どこが、どれだけ痛いのか』を認識します。(1次痛・早い痛み)
その後、少し遅れてから、組織の損傷部位から産生されたプロスタグランジンが産出されたり、血液からはブラジキニンが産生されて、C線維の自由神経終末にあるイオンチャネルに結合して脳へ侵害刺激を伝えます。(2次痛・遅い痛み)
実際の臨床における侵害受容性疼痛を2つに分類しますと、1つは外傷などによる組織損傷や血流不全による酸欠状態から発痛物質が産生されることで痛む【炎症性疼痛】で、この痛みの特徴は炎症徴候があり(発赤・熱感・腫脹・疼痛)、動かなくても痛い安静時痛があります。また末梢において痛みが感じやすくなっている場合があります(末梢性感作の復習はこちら)
この場合はブラジキニンやプロスタグランジンが関与している痛みなので、ロキソニンなどの抗炎症剤の鎮痛作用機序にあっているので薬物投与も有効な場合があります。
2つ目の痛みは【運動器疼痛・筋膜性疼痛】で、この痛みは炎症性の痛みではなく、動作による痛みが主な痛みとなります(動作痛)
「炎症による痛みと動作による機械的な痛み」
トリガーポイントなどの筋膜性の痛みが厄介なのは、患者さんが痛みを訴える場所に痛みの原因があるのは30%で残りの70%は痛みを訴える場所から離れた場所に痛みの本当の原因があるという事です。(例・患者さんが踵の痛みを訴えていても、実際は踵に痛みの原因があるのではなく、踵から離れたヒラメ筋のトリガーポイントが痛みの原因の可能性があります)
「痛みを訴えている場所と痛みの原因が異なる異なることがある」
その他の侵害受容性疼痛としては臨床では少ないですが内臓痛があります。
「健康教室 引用」
それでは「侵害受容性疼痛」の評価について実際来院された患者さんで説明します。
侵害受容性疼痛のケーススタディ
■職業 建築関係(肉体労働)50代
■運動歴 なし
■現病歴
・1か月前に仕事中前屈みになった際にぎっくり腰を発症
・その後2日間動かなくても痛みがあった(安静時痛)
・発症5日後、整形外科を受診
・レントゲン異常なし リハビリなし 安静指示 腰椎ベルト(動作恐怖あり)ロキソニン服用
・発症4週間後、当院に来院 安静時痛なし 前屈・回旋時の動作痛あり ロキソニン継続
・左脊柱起立筋・臀部に硬結あり
■症状の傾向 発症当初よりは改善しているが動作に対して痛みと不安あり
■悪化因子 寝起き 寝返り 前屈 同じ姿勢からの初動作
■改善因子 お風呂 安静時 マッサージ
■服薬 ロキソニン(発症後1か月間飲み続けている)
■画像所見 異常なし
■Red flags なし
評価する際のポイント
1 損傷(炎症)の有無
1つ目のポイントは来院時、「痛みを訴える部位に損傷(炎症)があるのか」です。
今回のケースでは、1か月前の発症初期においては、動いていなくても痛く、夜間痛もあり炎症徴候がみられましたので、炎症性疼痛だった可能性は高いかと思いますが、1カ月後、来院時は安静時痛・夜間痛もなくなり、前屈や回旋による動作痛のみでしたので、炎症は起きていないようでした。
しかし、患者さんは痛み止めとして抗炎症剤である「ロキソニン」を4週間朝・晩飲んでいましたが、この痛みは炎症性の痛みではなのでロキソニンの鎮痛作用機序には当てはまりません。(患者さんご自身もロキソニンの効果は感じていませんでした。)
「ロキソニンの鎮痛作用機序についての復習はこちら」
2 急性痛と慢性痛の区別
2つ目は「急性痛」と「慢性痛」の違いを理解することです。
実際の臨床では急性痛か慢性痛は罹患期間で分けるのではなく、痛みの病態(脳の活性部位)を考慮する必要があります。
急性痛は痛覚としての側面が強いですが、本来であれば、時間の経過とともに自然治癒していきます。しかし慢性痛に移行してしまうと、痛覚としての痛みは減少していくにも関わらず、今度は情動や認知を司る「扁桃体」や「前頭前野」が活性化し痛みを訴えるようになります。
発症初期の痛みであっても、患者さんが訴える痛みの現場からの侵害受容性疼痛だけでなく、「情動が絡む痛み」や「痛みを抑える働きが低下している中枢機能障害性疼痛」の可能性も考えられます。
3 恐怖回避思考の有無
3つ目は「恐怖回避思考(痛みの悪循環)モデル」を理解することです。
3つ目のポイントはとても重要です。なぜなら多くの治療家が痛みを扱っているにも関わらず、見過ごしてきたポイントだからです。恐怖回避思考モデルとは「情報や思考がその後の回復に影響を与える」ということで、痛みを感じた時に患者さんご自身がその痛みに対して『どのような痛みメガネをかけているのか』という事です。
具体的には痛みを感じた時に、痛みに繋がるような間違ったマインドセット(信念・価値観)や「痛みの破局化」を持っていないか、痛みや動作に対しての不安がないか、気分障害はないか、睡眠はとれているか等を考慮する必要があります。
Twitter-Peter O´Sullivan
(古い痛みの信念についての復習はこちら)
もしこれらの問題が存在すると、侵害受容性疼痛だけでなく、情動的な痛みや痛みを抑える働きが低下し、普段より痛みを感じやすくなっている可能性があります。
今回のケースでは仕事の際に骨盤ベルトを付けないと不安であったり、前屈の動作に対しての不安、また腰を痛めてしまうのではないかという腰に対しての自信の無さ、腰痛を治してくれという(自分では治せない)という自己効力感の低下などが見受けられました。
このように一般的な腰痛でも単に腰からの侵害受容性疼痛のみでなく、神経障害性疼痛、心理・社会的疼痛、中枢機能障害性疼痛をグラデーション的に評価する必要があるのです。
臨床での【神経障害性疼痛】
神経障害性疼痛とはいわゆる「神経痛」と呼ばれるもので、【普通じゃない痛み】と表現される、「針でチクチク刺される痛み」「電気がビリビリ流れる痛み」「ヒリヒリ焼け付くように痛い」「冷たい水が流れている感じ」と訴える患者さんもいます。
教科書的には「帯状疱疹後痛」「糖尿病性神経痛」事故などによる「神経損傷」などがありますが、治療院にはあまり来られないかと思います。
神経生理学的に神経障害性疼痛を説明しますと大きく分けて2つに分けられます。
1つ目は痛みの現場が「神経線維」そのものである場合です。これは先ほど説明したように外傷によって神経線維が切れてしまったり、糖尿病による代謝異常によるものや、帯状疱疹などによるウイルス性の場合、手術後などに起こる術後神経痛があります。
これらは神経線維自体の構造的疾患であり、病理的な痛みなので手技でどうこうできるものでもありませんのでこの場合は専門医にお任せすることも必要かと思います。
2つ目は痛みの現場が「シナプス間」の場合です。治療院に来院される場合では先ほどの説明のように神経線維自体の痛みは少なく、シナプス間での異常興奮による場合があります。これは痛み学講座(Ⅱ)で説明しますが、テンポラルサメーション、ワインドアップと呼ばれる痛みを感じやすくさせてしまう現象があります(中枢性感作)。
この痛みは構造的な疾患と違い、機能的な疾患になりますので、臨床の現場でも改善の可能性はあるのではないかと考えます。
神経障害性疼痛のケーススタディ
■職業 主婦 60代
■運動歴 ウォーキング(30分)
■現病歴
・半年前から歩行時に膝に違和感
・その後膝から下にかけて痛みと痺れ
・整形にて3か月、週4回程度、牽引・温熱療法のリハビリを行うが改善なし
・鍼、整体院、カイロプラクティックに通ったが変化なし
・当院にて5回施術したが膝から足、足首のシビレに変化なし
・ペインクリニックにて「リリカ」服用
■症状の傾向 膝の痛みは改善傾向にあるがシビレは変化なし
■悪化因子 常に一定の強さの痺れ 歩行、立ち上がり、リハビリによる筋トレ
■改善因子 なし
■服薬 ロキソニン、メチコバール、リリカ
■画像所見 L4/5 腰部椎間板ヘルニア
■Red flags なし
評価する際のポイント
1 本当にヘルニアによる神経圧迫が原因なのか?
今回の患者さんの場合、整形外科の画像診断にて「椎間板ヘルニア」と診断され、この構造異常が痛みの原因と説明を受けていましたが、このような構造異常=痛みという痛みの見方は近年変わりつつあります。
痛みのない健常者でさえ、多くの場合、実はヘルニアが見つかります。
1995年、カナダのBoosらの研究によれば、ヘルニアと診断された腰痛のある患者46名と年齢・性別・職業などを一致させた腰に痛みのない健康な人46人のMRIを撮り、研究内容の知らない医師2人に画像診断してもらうと、その結果、痛みのない健康な人の76%にヘルニアが見つかりました
つまり、痛みのない健康な人の4人に3人がヘルニアを持っていたのです。
よって、画像診断でヘルニアが見つかったからといって、それが痛みの原因とは言えません。
患者さんがどんなメガネをかけているのか又はかけさせられているのか?ご自身の痛みの原因をどのように考えているのか?又は先生からどのような説明を受けているのか?それを信じているのか?
ヘルニアが痛みの原因であるという認知の場合、たとえ治療で痛みが取れたからといってもまた痛みが出た際に再び「ヘルニア」の痛みが出たという誤った思考にならないように、鎮痛だけでなく、新しい痛みのミカタを教育する必要があります。
2 神経線維の損傷による痺れなのか?
シビレというと病院では「メチコバール」という薬剤が処方されることもありますが、これは神経線維が損傷していると仮定して、B12を投与することで神経線維の修復を促す薬ですが、今回の症例では神経線維の損傷・変性・再生などの構造的な疾患は見当たらなかったので薬の作用機序には当たらないかと考えられます。
「痛みには生理学的な痛みと病理的な痛みがある」
3 感作(末梢・中枢)の有無
時間に関係なく、常にシビレがあり、施術後も変化がない。筋肉が弛緩しているのに痛みや痺れを訴える。このような場合は感作の可能性も考慮する。(感作については痛みの神経生理学Ⅱ)
4 リリカの作用機序について
今回の症例の場合、リリカ服用後、シビレが大幅に減少しました。この作用機序は痛み学講座(Ⅱ)のリリカの作用機序の所で詳しく説明します。
リリカには色々と副作用がありますので誤った処方は出来ませんが、痛みのメカニズムにあった処方であれば効果が認められる場合もあるので、一概にリリカは良くないという偏った思考にはならないように気を付けましょう。
臨床での【心理社会的疼痛】
心理社会的疼痛とはいわゆる病院での画像診断でも異常が見つからず、病院の先生の痛みメガネでは原因が分からないと言われる痛みですが、臨床での心理社会的疼痛とは「情動的な痛み」「苦悩・苦痛」と呼ばれる痛みで、直接身体に侵害刺激を与えなくても、脳内のペインマトリックスが活性化している状態と言えます。
これは「痛そうな写真」「痛そうな言葉」「痛かった記憶」「痛くなりそうだという不安」が痛み関連領域(emotion領域)を活性化させるのです。
「ペインマトリックス(痛み関連領域)」
「Virtual low back pain」と呼ばれる実験があります。『腰痛経験者』と『腰痛未経験者』に「中腰で荷物を持ちあげている【写真】」を見せた所、腰痛未経験者にはなにも反応が起きませんでしたが、腰痛経験者は写真を見ただけで不快感を感じ、実際に痛みを訴える人もいたという研究です。
不快感を感じた人と感じなかった人の違いは【過去に不快な腰痛を経験したという体験】だけです。
また、「ストレス」という言葉自体、心の問題と捉えられがちですが、【脳―神経―筋肉】という関係性から、交感神経優位の状態から筋肉が緊張したり、痛みを抑える働きが低下して痛みを感じやすくなっているとも説明ができます。
心理社会的疼痛のケーススタディ
■職業 事務職(パソコン)20代
■運動歴 なし
■現病歴
・3か月前から続く右肘の重だるさ
・日によって症状が変わる
・週1程度の頭痛
・不眠気味
・常に肩こり
・首筋のつっぱり感
■症状の傾向 悪化傾向
■悪化因子 仕事時 ストレスがかかっている時 寝起き
■改善因子 なし
■服薬 湿布薬
■画像所見 異常なし
■Red flags なし
評価する際のポイント
1 ストレスによる痛みとは
以前では明らかな身体的原因がなく、痛みの発生に「心理社会的な要因」が関与している痛みを「心因性疼痛」としていました。いわゆる【心の痛み】とも言いますが、失恋や悲しい経験をすると心が痛みますし、仲間はずれなど社会的疎外感を感じている時もまた、実際痛みを与えた時に活性化する痛み脳領域と同じ部位が活性化することがわかっています。
ただし、「心の問題」と言うと患者さんにとっては誤解を招く説明になることから最近では「心因性」ではなく、「非器質的疼痛」「心理社会的疼痛」と言われるようになってきました。
病院では「ストレス=心の問題」ということになりますが、ストレスを【脳の緊張】と考えれば、脳が緊張すれば(交感神経が優位になれば)、筋肉が緊張して痛みに繋がる話を患者さんに説明すれば納得してくれやすくなります。
「新しい腰痛対策Q&A21 松平浩著」
実験では【同じ動作】で持ち上げる場合でも「どう感じながら持ち上げるか(ストレス)」によって腰にかかる負担が変わることがわかりました。つまりストレスがかかった状態だと身体もこわばり負担が増すことがわかりました。
2 トリガーポイントによる痛み
「斜角筋トリガーポイント」
整形外科を受診すると腕や指先にシビレがある場合、画像診断上、頚椎の構造異常を疑われることが多いわけですが、今回の症例のように斜角筋や胸鎖乳突筋などのトリガーポイントが原因の場合も多いです。
病院では「筋肉科」はありませんので、筋肉が痛みの原因と考える先生は少ないようです。
つまり「痛みメガネ」の違いにより、評価アプローチが変わってしまうのです。
3 情動的な痛み(emotional pain)
痛みとしての「感覚的要素」が強いのか、「不快・苦痛としての情動的要素」が強いのか?
急性の初期の痛みとしては侵害刺激からの入力で「痛覚」として痛みを認知するわけですが、痛みが長引いてくると元々の侵害刺激は弱くなっている・無くなっているにも関わらず、依然痛みを訴えることになる。
これは痛み自体でなく【痛みを感じている不快な状況を訴えている】とも言えるのではないでしょうか?この場合、当然アプローチは侵害刺激ではなく、痛みを訴えている行動であったり、痛みを訴えている患者さんの社会的な背景に対するものになります。いわゆる「苦」の部分です。
つまり、痛みを取るアプローチではなく、痛み行動を少なくし、痛みあっても出来ることにフォーカスさせること、または痛みが無くても得られる理想の状況を探す(疾病利得)など。
痛覚だけではなく、情動的な部分(苦痛)を小さくしていきます。
「慢性痛は侵害受容・痛みの割合が小さい」
4 生物・心理・社会モデル(BPSモデル)
痛みの3つの側面(感覚・情動・認知)をグラデーション的に評価するのと同様に、生物・心理・社会的モデルも1つ1つ単独で存在しているのではなく、あるまでも患者さん一人一人の背景が異なります。
人によっては生物医学的モデルが大きい人(侵害受容性疼痛がメイン)や心理面あるいは痛みに繋がる社会的な背景がメインの方もおられるでしょう。
臨床での【中枢機能障害性疼痛】
心因性疼痛を補完する形で新しく定義された4つ目の分類が【中枢機能障害性疼痛】です。
中枢機能障害性疼痛とは「脳の働きの不具合(機能低下・機能亢進)により、本来痛みを抑えてくれる働きが低下することによって起こる痛み」です。
普段は痛みとして意識しない痛みでも痛みとして感じやすくなってしまっている状態と言えます。
それに伴って、痛覚過敏・気分障害・睡眠障害・慢性疲労・食欲不振・胃腸障害・耳鳴り・シビレ・放散痛・口渇・舌痛・めまい・機能的排尿障害などの自律神経症状が合併することが多い。
中枢機能障害性疼痛のケーススタディ
■職業 主婦(60代)
■運動歴 ハイキング ジム
■現病歴
・ハイキング後からお尻からふくらはぎにかけて痛み
・足裏までしびれが広がる
・全身の筋肉がこわばっている
・力が抜けない
・将来の不安が強い
・不眠
・浮遊感
・耳鳴り
・気分障害
■症状の傾向 悪化傾向
■悪化因子 歩行 長時間の同じ姿勢
■改善因子 手芸をしている時
■服薬 ロキソニン リリカ
■画像所見 脊柱管狭窄症
■Red flags なし
評価する際のポイント
1 本当に「神経痛」なのか?
坐骨神経痛と診断された今回の症状は本当に「神経障害性疼痛」だったのか?
神経障害性疼痛スクリーニング質問票というものがあります。0点から4点で合計12点以上で神経障害性疼痛の疑いが極めて高いとのことですが、チクチク痛い、ヒリヒリする、冷たいなどの訴えは筋痛症のトリガーポイントによっても生じる場合もあるので注意です。
坐骨神経痛と診断されている多くの方々の痛みの訴えは、お尻が痛い、お尻の奥がズーンと重たい、太ももの裏が突っ張る、ふくらはぎが痛い、すねが痛いなど筋肉痛様な痛みを訴えますので、この質問票を見せて、チェックが入らなければ「あなたの坐骨神経痛は厄介な神経痛ではなく、よくある坐骨筋肉痛なのできっとよくなりますよ」と言えます。
「小殿筋のトリガーポイント」
2 リリカの作用機序
今回の症例では「リリカ」を服用されていましたが、痛みの作用機序には合っていなかったので有効性は低い可能性があります。(リリカの作用はα2δの異常興奮の場合です。痛み学講座Ⅱで説明します。)
(断薬に関しては注意が必要ですので、長期服用の場合、必ず掛かりつけの医師の指示のもと行うこと!!勝手に止めさせないこと)
また今回の痛みの場合、炎症性の痛みでもありませんので、ロキソニンなどの抗炎症剤の作用機序にもあっていない可能性があります。
患者さんが言う「痛み止め」も薬によって作用場所や機序が異なりますので、わかりやすく説明してあげることが大切です。
3 認知的な痛み(痛みの破局化)
痛みを体験した時に「痛みに対してどう向き合うか」によって回復に差が出ます。
今回の症例の場合、長引く痛みに伴い、将来手術が必要かもしれないという不安(痛みの破局化「拡大視」)、運動制限、睡眠障害、外に出たくないという気分障害など『痛みの悪循環』にはまっていました。このような場合、ただ痛みを取るだけでなく、「痛みに対する考え方」を変える気づきを与えるようなアプローチが必要でしょう。【不安から安心へ】【受身から自立へ】痛みに対する『自己効力感』を高められるようなアプローチが必要です。
4 下行性疼痛抑制系の機能低下
痛みを感じた時、通常は脊髄後角において、下行性の痛みを抑える働きが機能します(下行性疼痛抑制系)しかし、痛みの破局化などにより「脳の働きの不具合」によって痛みを抑える働きが低下し、痛みを感じやすくなってしまいます。
次回第3回目では『痛みを抑える鎮痛メカニズム』について説明します。
今回の症例のように「本来であれば時間の経過とともに改善していくはずの痛みがなぜ慢性化してしまうのか?」
「なぜ痛みを抑える働きが低下してしまうのか?」そして、「どうすれば痛みを抑える働きを高めることができるのか?」というテーマで説明させて頂きます。
■まとめ■
今回は痛みの評価・分類について説明しました。臨床の現場においてはほとんどの痛みは「侵害受容性疼痛」に分類できるかと思いますが、その痛覚としての痛みに加えて、「神経障害性疼痛(感作)」(構造的・機能的)が含まれていないか?また「心理社会的疼痛」として、痛覚としての痛みではなく、情動的な痛み(不快感・苦痛・痛み行動)を訴えていないか?さらに本来痛みを抑える働きが低下して痛みを感じやすくなっているのではないか?(中枢機能障害性疼痛)それには『患者さんご自身が痛みをどのように認知しているのか』、または『どのような心理的社会的背景があるのか』を問診して評価分類しなくてはいけません。
第1回目でもお伝えしましたが、痛みの概念も変化し、痛みとは単なる侵害刺激による『入力』だけでなく、脳内からの「出力」であり、痛みとは主観的であり、個人的な体験であるという事が、痛みを評価する際での大前提となるのです。
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